ガードレールの向こう側

空想と現実の境界線の認識が怪しい人がなんか寝言言ったりする

陽炎抜錨の感想 5~7巻

 前回に引き続き「好きです」「見事」以外の言い回しはないのかね君は、ってな感想ですけれども。だってしょうがないじゃないか!これだから八割方ベタ褒めしかできない程に好きな作品って何だか感想書きにくいんだよ!そこまで好きじゃない作品ならもうちょっと冷静な批評書いてるよ!

5巻

「さぁ。でも天国は知らないけど、地獄はあると思うよ。ないと困る」
「あたしたちはそこに行くんだ」

 水雷戦隊のボス。破壊と硝煙の中心地、死地へと誘う地獄の水先案内人。それは敵にのみならず時には自ら引き連れた仲間の駆逐艦娘にとってさえ。それゆえ、最も駆逐艦娘の喪失を身近に見てきた。そんな立場、宿命に生きる軽巡洋艦娘という艦種特有の苦悩。

 数々の歴戦を戦い抜いた軽巡洋艦・武勲艦ながら、ともすれば作中で言われるところの「軽巡らしからぬ」印象が強かった阿武隈。その印象を良い意味で裏切り、彼女もまた軽巡であることを、思わぬ形で強烈に印象付けた巻でした。

 今回もどれだけ轟沈覚悟の絶望的状況となっても、決して艦娘は轟沈しない……轟沈しない……?よな……?と御都合主義の存在を頭の片隅で分かってはいても、それでもページをめくる手が止まらない迫真の展開。霞が現れた瞬間は

「来た!メイン髭(の座乗艦)来た!これで勝つる!」

とかって思わず作中の曙と心境と表情がシンクロしてしまったり。いやキスカでの木村提督の座乗艦は阿武隈ですが。しかも舞台となったモデルは史実のキスカではなく原作キス島の作戦(3-2)であるわけですけれども、これもまた、実際のゲームシステムを逆手に取ったストーリー構成は見事。

 2巻3巻に劣らず相変わらず危なっかしいわ熱いわの見どころの多い展開ではあるんですが、ここに述べた部分以外だと、冒頭部分である、途中の大湊の鄙びた食堂でコロッケ食べてるシーンが個人的には印象的。ちょっと薄暗い木造の店内に、調理場から立ち上る湯気と黒電話が挿絵もないのに妙に明確に幻視るんだ。押井テイストの。 

 

6巻
 陽炎が秘書艦となり、作戦立案・作戦指揮にも関わる立場へ。

 陽炎抜錨のシリーズは基本的に全巻、

「主人公らである十四駆の鎮守府での日常と、彼女らを取り巻く艦娘らの交流にほのぼのニヤニヤさせられる前半部」

       ↓

「緊急事態が発生し、事態収拾に向け果敢に出撃してゆく14駆らの濃密な戦闘描写が行われる後半部」

 の繰り返しで毎度構成されているのだけれども、小説後半部の肝、十四駆の直接戦闘……中でも駆逐艦ならではの船団護衛系の激闘は、前巻までで散々やり尽されていた面もあり。この巻で陽炎に、指揮され戦う現場の部隊、一兵卒の視点から、秘書艦としての立場……指揮する提督(プレイヤー)に寄り添う視点、立場を加えられたことは作品と陽炎らキャラクタに新たな視点と展開をもたらした。これまでにおいて幾つもの修羅場を潜り抜け、十分な経験を積み、十二分に隊が結束しつつある陽炎、第十四駆逐隊の迎えた新たなるステップである。

 それはさておき、この巻で注目して欲しいのは秘書艦となっての戦闘面ではなく、そこ以外の部分。秘書艦としての膨大な量の事務作業に目を回す陽炎の姿はもちろん、束の間の休息を得て、十四駆全員でお祭りに着て行く浴衣を選ぶ姿、縁日にはしゃぐ姿というのは、これまでが壮絶な戦いの連続だっただけに、見ていて心温まるのはもちろん、これまで点々と語られてきた陽炎らのエピソード、艦娘の「娘」の部分をさらに掘り下げ、端々に見られる彼女らの柔らかくなった表情などからは十四駆の面々の精神面での成長が尚更よく伝わってくる。(そしてそんな前半部なだけに後半、彼女らが余裕を失った姿は余計に痛々しい)

 陽炎抜錨は戦闘の暑苦しさ以外の点でおいても十二分に魅力的である、ということだけはお伝えしておきたい所。 

 

7巻(最終巻)
 第十四駆逐隊、最後の出撃。

 最終巻だけあって成長しきった十四駆の面々のみならず、文章だけで練度の高さが窺える作中最強のドリームチームと化しているため、戦闘においてはもはや初期のような轟沈と隣り合わせの緊迫感、不安感は見る方としてはもはやすっかり薄れてしまっていますが、それでもやはりこの作品における「意外なゲスト艦娘」の活躍は格好良いもので。ページ数の関係か、今回、満を持して登場してきた夕雲型の描写がちょっと物足りないという点は惜しかったのですが、まぁまぁ、本筋からは逸れるので些細なことです。

 さておき、艦娘は現人神や超人の類ではなく、あくまで血の通ったただの人であり、見た目通りに年頃の娘である。が、望んでその場に身を置く、ひとりの軍人でもある、という描写に徹底して一本筋の通った作品でありました。

「え、これで『終』?終わりなんて文字、最終頁のどこにも書いてないんだけど、本当にこれで終わりなの?」というくらいにはさっぱりとした、あっけないくらいの幕切れでしたが、時間が経つにつれ、エピローグを読み返すたび、「この物語は」終わったのだなという、静かな感動がこみ上げてきます。

 かつては欠番だった駆逐隊だ。呉に名前だけは存在していたが、横須賀に移り、六人の駆逐艦娘と共に再生した。
 数々の戦い、派遣、悲喜劇を経て、欠かせない存在となった。艦娘たちの心に強く刻み込まれることになったナンバー。駆逐艦娘たちが、羨ましさと憧れと、大きな尊敬を持って語ることになる駆逐隊。
 ここはまた、欠番となる。

 第十四駆逐隊はまた元の欠番に戻っても、伝説となった幻の第十四駆逐隊の名は彼女らの、あるいは我々の記憶に残り続け、陽炎たちの活躍と成長の物語もまた、まだまだこれから続くのです。彼女たちにとって本当の終戦……艦これというコンテンツの終わる、その日まで。第十四駆逐隊万歳!駆逐艦万歳!本当に良い作品でありました。

  この作品のファンのひとりとしてこれからも、今作のスピンオフや二次(三次?)創作の登場には期待もしていますし、艦これというコンテンツの良質な解釈、モデルの一種として、少しでも、長く多くの人に愛されればなぁと個人的には願っています。